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七 - 2
に恐れて逃げるなと思ったら、右向から左向に姿勢をかえただけである。この野郎!地面の上ならその分に捨ておくのではないが、いかんせん、たださえ骨の折れる道中に、勘左衛門などを相手にしている余裕がない。といってまた立留まって三羽が立ち退(の)くのを待つのもいやだ。第一そう待っていては足がつづかない。先方は羽根のある身分であるから、こんな所へはとまりつけている。従って気に入ればいつまでも逗留(とうりゅう)するだろう。こっちはこれで四返目だたださえ大分(だいぶ)労(つか)れている。いわんや綱渡りにも劣らざる芸当兼運動をやるのだ。何等の障害物がなくてさえ落ちんとは保証が出来んのに、こんな黒装束(くろしょうぞく)が、三個も前途を遮(さえぎ)っては容易ならざる不都合だ。いよいよとなれば自(みずか)ら運動を中止して垣根を下りるより仕方がない。面倒だから、いっそさよう仕ろうか、敵は大勢の事ではあるし、ことにはあまりこの辺には見馴れぬ人体(にんてい)である。口嘴(くちばし)が乙(おつ)に尖(とん)がって何だか天狗(てんぐ)の啓(もう)し子(ご)のようだ。どうせ質(たち)のいい奴でないには極(きま)っている。退却が安全だろう、あまり深入りをして万一落ちでもしたらなおさら恥辱だ。と思っていると左向(ひだりむけ)をした烏が阿呆(あほう)と云った。次のも真似をして阿呆と云った。最後の奴は御鄭寧(ごていねい)にも阿呆阿呆と二声叫んだ。いかに温厚なる吾輩でもこれは看過(かんか)出来ない。第一自己の邸内で烏輩(からすはい)に侮辱されたとあっては、吾輩の名前にかかわる。名前はまだないから係わりようがなかろうと云うなら体面に係わる。決して退却は出来ない。諺(ことわざ)にも烏合(うごう)の衆と云うから三羽だって存外弱いかも知れない。進めるだけ進めと度胸を据(す)えて、のそのそ歩き出す。烏は知らん顔をして何か御互に話をしている様子だ。いよいよ肝癪(かんしゃく)に障(さわ)る。垣根の幅がもう五六寸もあったらひどい目に合せてやるんだが、残念な事にはいくら怒(おこ)っても、のそのそとしかあるかれない。ようやくの事先鋒(せんぽう)を去る事約五六寸の距離まで来てもう一息だと思うと、勘左衛門は申し合せたように、いきなり羽搏(はばたき)をして一二尺飛び上がった。その風が突然余の顔を吹いた時、はっと思ったら、つい踏み外(は)ずして、すとんと落ちた。これはしくじったと垣根の下から見上げると、三羽共元の所にとまって上から嘴(くちばし)を揃(そろ)えて吾輩の顔を見下している。図太い奴だ。睨(にら)めつけてやったが一向(いっこう)利(き)かない。背を丸くして、少々唸(うな)ったが、ますます駄目だ。俗人に霊妙なる象徴詩がわからぬごとく、吾輩が彼等に向って示す怒りの記号も何等の反応を呈出しない。考えて見ると無理のないところだ。吾輩は今まで彼等を猫として取り扱っていた。それが悪るい。猫ならこのくらいやればたしかに応(こた)えるのだが生憎(あいにく)相手は烏だ。烏の勘公とあって見れば致し方がない。実業家が主人苦沙弥(くしゃみ)先生を圧倒しようとあせるごとく、西行(さいぎょう)に銀製の吾輩を進呈するがごとく、西郷隆盛君の銅像に勘公が糞(ふん)をひるようなものである。機を見るに敏なる吾輩はとうてい駄目と見て取ったから、奇麗さっぱりと椽側へ引き上げた。もう晩飯の時刻だ。運動もいいが度を過ごすと行(い)かぬ者で、からだ全体が何となく緊(しま)りがない、ぐたぐたの感がある。のみならずまだ秋の取り付きで運動中に照り付けられた毛ごろも
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