七 - 1
しかる後(のち)に知らざるなりで、訳(わけ)はない。すぐ分る。全く潮水(しおみず)を呑んで始終海水浴をやっているからだ。海水浴の功能はしかく魚に取って顕著(けんちょ)である。魚に取って顕著である以上は人間に取っても顕著でなくてはならん。一七五〇年にドクトル·リチャード·ラッセルがブライトンの海水に飛込めば四百四病即席(そくせき)全快と大袈裟(おおげさ)な広告を出したのは遅い遅いと笑ってもよろしい。猫といえども相当の時機が到着すれば、みんな鎌倉あたりへ出掛けるつもりでいる。但(ただ)し今はいけない。物には時機がある。御維新前(ごいっしんまえ)の日本人が海水浴の功能を味わう事が出来ずに死んだごとく、今日(こんにち)の猫はいまだ裸体で海の中へ飛び込むべき機会に遭遇(そうぐう)しておらん。せいては事を仕損(しそ)んずる、今日のように築地(つきじ)へ打っちゃられに行った猫が無事に帰宅せん間は無暗(むやみ)に飛び込む訳には行かん。進化の法則で吾等猫輩の機能が狂瀾怒濤(きょうらんどとう)に対して適当の抵抗力を生ずるに至るまでは――換言すれば猫が死んだと云う代りに猫が上がったと云う語が一般に使用せらるるまでは――容易に海水浴は出来ん。