五 - 6
あ」と三平君が国自慢をすると、細君はようやく気が付いて
「多々良さんせんだっては御親切に沢山ありがとう」
「どうです、喰べて見なすったか、折れんように箱を誂(あつ)らえて堅くつめて来たから、長いままでありましたろう」
「ところがせっかく下すった山の芋を夕(ゆう)べ泥棒に取られてしまって」
「ぬす盗(と)が?馬鹿な奴ですなあ。そげん山の芋の好きな男がおりますか?」と三平君大(おおい)に感心している。
「御母(おか)あさま、夕べ泥棒が這入(はい)ったの?」と姉が尋ねる。
「ええ」と細君は軽(かろ)く答える。
「泥棒が這入って――そうして――泥棒が這入って――どんな顔をして這入ったの?」と今度は妹が聞く。この奇問には細君も何と答えてよいか分らんので
「恐(こわ)い顔をして這入りました」と返事をして多々良君の方を見る。
「恐い顔って多々良さん見たような顔なの」と姉が気の毒そうにもなく、押し返して聞く。
「何ですね。そんな失礼な事を」
「ハハハハ私(わたし)の顔はそんなに恐いですか。困ったな」と頭を掻(か)く。多々良君の頭の後部には直径一寸ばかりの禿(はげ)がある。一カ月前から出来だして医者に見て貰ったが、まだ容易に癒(なお)りそうもない。この禿を第一番に見付けたのは姉のとん子である。
「あら多々良さんの頭は御母(おかあ)さまのように光(ひ)かってよ」
「だまっていらっしゃいと云うのに」
「御母あさま夕べの泥棒の頭も光かってて」とこれは妹の質問である。細君と多々良君とは思わず吹き出したが、あまり煩(わずら)わしくて話も何も出来ぬので「さあさあ御前さん達は少し御庭へ出て御遊びなさい。今に御母あさまが好い御菓子を上げるから」と細君はようやく子供を追いやって
「多々良さんの頭はどうしたの」と真面目に聞いて見る。
「虫が食いました。なかなか癒りません。奥さんも有んなさるか」
「やだわ、虫が食うなんて、そりゃ髷(まげ)で釣るところは女だから少しは禿げますさ」
「禿はみんなバクテリヤですばい」
「わたしのはバクテリヤじゃありません」
「そりゃ奥さん意地張りたい」
「何でもバクテリヤじゃありません。しかし英語で禿の事を何とか云うでしょう」
「禿はボールドとか云います」
「いいえ、それじゃないの、もっと長い名があるでしょう」
「先生に聞いたら、すぐわかりましょう」
「先生はどうしても教えて下さらないから、あなたに聞くんです」
「私(わたし)はボールドより知りませんが。長かって、どげんですか」
「オタンチン·パレオロガスと云うんです。オタンチンと云うのが禿と云う字で、パレオロガスが頭なんでしょう」
「そうかも知れませんたい。今に先生の書斎へ行ってウェブスターを引いて調べて上げましょう。しかし先生もよほど変っていなさいますな。この天気の好いのに、うちにじっとして――奥さん、あれじゃ胃病は癒りませんな。ちと上野へでも花見に出掛けなさるごと勧めなさい」
「あなたが連れ出して下さい。先生は女の云う事は決して聞かない人ですから」
「この頃でもジャムを舐(な)めなさるか」